( ̄^ ̄)ふーむ。。。

Web上に公開されている専門家のアジア・カップの記事を眺めている。
その多くが普段と変わらないゲーム内容の分析や4位という結果にフォーカスした情緒的なものに終わっていて、オシムたんがファンや国民に問うている「日本はどういうサッカーをしますか?」という命題に正面から対峙することを避けているように感じる。


今日の試合の戦い方は、リスクを冒してメンバーを組んだ。今日の試合を含めて、この大会はそうであったわけだが、相手が2トップで来ても2ストッパーで対応し、その隣にサイドがいるが、事実上真ん中の2人のストッパーと、ボランチ2人のうち1人の3人で中央を守る。そういうリスクのある守備をしつつ、中盤のプレーメーカーを自由にさせる。もちろん、クオリティーの違いもあるし、相手の戦術にもよる。また、その時点で使える選手が、どんな能力を持っているかにもよるが、そういうリスクを冒しながらプレーするサッカーが、日本人には合っていると思う。


確かにオシムたんはACでいくつかミスを犯したと思うし、4位という結果に満足もしていない。個人的には、中村俊、遠藤、中村憲の同時起用は無理があったと思うし、大会前までは安定していた守備システムをいきなりリスキーな2バックに固定したことは致命的な失敗だったと思っている。


しかしその一方で、タイ戦以外はゲームを支配された前回ACや惨敗に終わったWC時のサッカーには抵抗が強く、どうしてもオシムたんに期待してしまう自分がいる(本来は協会がイニシアティブを取り、その方針に基づいて監督を決定すべきであったがw)。


もちろんアジア・カップの結果が大切であることは否定しない。
しかし日本のサッカー界は強国の影響を強く受けたサッカー観を一度白紙に戻して、日本サッカーのコンセプトをゼロから作り直している状態。より重要なのは次のWC予選や本大会であったり、10年後や20年後の日本のサッカー。そのために必要なことは、フル代表からユース年代までサッカーの方向感を共有しながら、強化を進めていくことだろう。


従来の価値観を変化させるのは並大抵のパワーでは出来ないが、じっくり腰をすえて取り組んで欲しいと願っている。


攻撃的ないいサッカーをしようとする。それはいい家を建てようとするのと同じ意味。ただ、それを壊すのは簡単です。戦術的なファウルをしたり、引いて守ったりして、相手のいいプレーをブチ壊せばいい。作り上げる、つまり攻めることは難しい。でもね、作り上げることのほうがいい人生でしょう。そう思いませんか?
(サカダイNo.783 イビチャ・オシム攻めの美学 その真髄)


決勝Tは、23.8%、25.0%、22.7%