あらためてコンフェデ総括のようなもの・・・

今さらですが...。

【魅力的なフットボール

以前に書いた「ジーコへの期待」というエントリの中で、自分は次のようなことを書きました。
『すぐにコンフェデレーションズ・カップが始まります。もちろん日本の勝利を望み応援しますが、現状の臆病なスタイルを変えるきっかけになるのなら、強豪国に一度チンチンにされてしまってもよいという悪魔のような考えも自分の中にあります。』

期待はよい方に裏切られました。ワールドユースの時にも書きましたが、FIFA主催の大会には、各国フットボールの品評会という側面があります。大会終了後にFIFAの技術委員会がレポートを出すのですが、そんなものを読む必要もないほどにスタジアムの観衆の反応は正直で、日本のフットボールへの評価がよく現れていたと思います。

緒戦のメキシコ戦は、中立地のドイツでの試合にもかかわらず、後半になるともうメキシコ一色。確かに日本はしょぼい内容でしたし、ボールを奪っても有効な攻撃を繰り出せなければああなるのも仕方ありません。もちろん試合後は地元紙にもかなり酷評されたようです。

2戦目のギリシャ戦はパスゲームで最後まで翻弄し続けました。中立地とはいえ欧州のドイツ、観衆は当然欧州チャンピオンのギリシャがアジアを代表して出場した日本に負けるなんて思ってもみなかったでしょうし、緒戦の内容から日本には期待していないようでした。しかし時間の経過とともに日本のパスワークに驚き、そして徐々に観衆が声援を送り始めました。半信半疑ながらも日本もやればできるじゃん、そんな感じだったと思います。

そして最後のブラジル戦、王国とまともに打ち合うという闘いぶりを見せてくれました。後半になるとスタジアムは、日本の反撃に一喜一憂し、観客が日本を応援しだすという涙が出そうな光景を目にすることができました。途中で余裕綽々のブラジル人たちが日本を応援する姿がテレビに映っていましたが、きっと彼らは最後は青ざめていたに違いないのです。一気に日本への評価が高まりましたし、結果こそ伴いませんでしたが、少し誇らしい気持ちになれたのでした。

ともかく自分が望んでいた「魅力的なフットボール」という面では、日本は事前の予想以上のインパクトを与えてコンフェデを終えられたのではないでしょうか。

【日本の位置づけ】

自分は、その光景を見ただけでもこの大会に参加した価値があったと思うのですが、やはり来年のWCこそが本番であって、そのことを考えなくてはいけないのでしょう。自分なりにコンフェデを総括しようと考えた結果、現時点での世界の中で日本の位置づけは次のようになりました。

「WC本番でグループリーグを突破して決勝トーナメントに進むためには、ブラジルは3試合のうち1試合失敗してもなんとかなる。しかし日本は、3試合すべてで良い結果が得られないと難しい。」

GLを突破することが決してWCの目的でないし、志が低いことは分かっているのですが、まずは前回の成績を超えることを目標として考えるとこうなりました(とても客観的な評価と言えるものではないですが、あえて位置づけを文章で表現するとこんなところかなと・・・)。

WC本番のGLは、今回のコンフェデと同じようにわずか3試合しかありません。02WCでアルゼンチンがGL敗退したような運・不運もありますが、一般的にブラジルやアルゼンチンのような強豪国であれば、3試合あれば悪いながらもなんとかGLを突破してきます。

一方で日本の状況を考えてみると、02WCでは、日本は開催国というこで第1シードに入りましたが、06WCでは他のアジア諸国と一緒に第4シードに入る可能性が高く、よくても第3シードに入れるかどうかでしょう。したがって対戦相手は、第1シードの強豪国(ブラジル、アルゼンチンクラス)、第2シードの欧州、南米の強国、おそらく第3シードに入るであろうアフリカ、中南米の国々と戦うことになります。

まず対戦相手はすべて同格以上の国となり、よほどくじ運にでも恵まれない限り、02WCよりGL突破の可能性が高くなることはありえません。そしてそのわずか3試合をすべて順調に戦えた時のみ決勝T進出が叶う。まさに今回のコンフェデ3戦目と同じような状況がWCで本番で起こりうるかもしれないし、それが現在の日本の実力なのかなと。

その時に日本が勝利できるかどうか、そのために何をすべきなのか、どんなフットボールを目指すべきなのか、コンフェデはそんなことが少し見えてきた大会だったと感じています。


【日本はどう戦うべきなのか】

では、日本が目指すフットボールはどんなもので、どう戦うのか?

本来であれば戦術面は監督であるジーコの腹次第なのですが、どこか選手に任せているような感じがしないでもありません。明確な方向性をどこまでジーコが意識して戦っているか分からないので、以下はいつも通りに自分好みの姿を織り交ぜながらの妄想が混じってしまいます。

まず前提として、日本にはシェフチェンコのような絶対的なストライカーがいるわけでもありませんし、かといってオランダやイングランドのように屈強なDFがいるわけでもありません。あと1年でそんな個の強さを感じさせる選手が何人も出てくるわけでもありません。テクニックも1対1に負けないということはできても、高い確率で勝てるというほどのものでもありません。ないないづくしなのです。

緒戦のメキシコ戦が悲しい内容だったことは先に書きましたが、先制点を奪ってからは、DFラインはずるずると交代を繰り返し、中盤を圧倒的に支配されてしまいました。かといってボールを奪う必要のある日本は積極的に仕掛けるわけでもありませんでした。

先制点を奪ってからは無意識のうちに守備的になっていったのでしょうが、アジアでは効果的だった「引いて守りきることが世界の強豪相手に通用しなかった」というのが、このゲームのポイントだったように思います。その原因は守備戦術が未消化だったことだと考えていますが、その点は後で触れることにします。

次のギリシャ戦は、メキシコ戦が嘘のような戦いぶりでした。ギリシャは、WC予選突破が危うい状況にありコンフェデどころでなかったのかもしれません。メキシコに比べてプレスが弱く、日本が崩すまでもなくスペースがあふれていました。とはいえ欧州チャンピオンを「豊富な運動量とクイックネス」の伴ったパスワークでチンチンにしてしまいました。

3バックから4バックに変え中盤の人数を増やしたのが大きな要因なのだと考えています(*)。前線からのプレスとボールを奪ってからの速攻、そして相手がそれを警戒するから中盤にスペースも生まれ、遅攻になっても丁寧にパスをつないでいけるという順なゲームの流れに持ち込めました。

もしギリシャ戦でアジア予選のように、後方でボールを回しながらスピードアップを狙うフットボールをしていたらどうなっていたか。これは想像ですが、ゾーンを区切って待ち構えるギリシャ守備陣の餌食になっていたのではないかと。やはり日本は、「豊富な運動量とクイックネスを武器に前線からのプレスと速攻をベース」に戦うべきだと強く感じた試合でした。

(*)中盤の数は、3−6−1から4−4−2に表面上は減っていますが、メキシコ戦は3トップ気味の動きしかできていませんでしたので。

そして最後のブラジル戦、これはもう想像以上のパフォーマンスでした。ボール・ポゼッションは40%を切る苦しい戦いでしたが、ギリシャ戦に続いて自分たちのパス・サッカーを貫くという姿勢を感じました。日本のチームに「闘う意志」を感じさせられたゲームでした。

ただ勝負という面では、日本のフットボールはナイーブだったように感じます。どういうことかと言うと、「相手の良さを消す」という点でまだまだ初心なように思うのです。攻撃的になることは、時に相手の良さも引き出してしまいますが、やはりこの点を克服しないとWC本番で確実に勝ち上がることは難しいのかなと。

「相手の良さを消す」といっても、なにも戦術的なファールを多用する必要はありません。もう少しだけ積極的になって「ラインを上げればよい」と思うのです。ブラジル戦の後半で見せたように。


中田英の存在】

大会期間中に日本代表が大きな変化をとげた理由は、昨日書いた中村の覚醒であったり、たぶんにシステムの変更であったりするのでしょうが、自分は中田英の存在が代表を変えたと感じています。実際には小野が合流したキリンカップからその兆しを感じていたのですが、小野や中田英が中盤の底に入ると明らかに中盤の構成力が増しますし、前線へのフォローなり、押し上げが効き攻撃が分厚くなります。

もともと自分は3バックの前に横並びに2人の選手を置くというのは守備的に過ぎて好きではありませんし、そういう戦い方に対しては辛口になるのですが、代表はあまりにバランスを重視するあまりリスクを冒さず、ダイナミズムが失われていたと見ていました。「ジーコへの期待」というエントリの中で、『ジーコは攻守のバランスを重視』していると書きましたが、ポジションの流動性は失われ、人とボールが硬直的にしか動かないジレンマに陥っていたと感じていました。

例えば中田英を上がりすぎだと批判する声がありますが、合わせるべきは周囲だと考えています。2列目の選手がサイドに流れがちな代表ではその後のスペースを埋めるのは当然で、普通にカバーなり、ポジションチェンジすればいいだけです。

しかしメキシコ戦当時は、中田英の動きの意図が周囲に十分理解されているとは言えず、バランスを狂わす原因になっていたことは事実です。小野、中田が合流するバーレーン戦までは引いて守ることをベースに戦ってきたのだから、かなり面食らったのではないでしょうか。そして、その意図が徐々にチームの共通理解となり始めるにつれ、2戦目、3戦目のような戦いぶりに変化していったと想像しています。

#余談ですが、本来は戦術面の問題であるにもかかわらず、一部メディアが選手間の人間関係の問題として大騒ぎしていたのにはあきれてしまいました。

ギリシャ戦以降の全員の高い守備意識と実践が、ボールを奪ってからの素早い攻守の切り替えにつながったという点では満足できます。ただ「ボールを奪って攻撃の起点となる」ための守備という面ではまだまだかなと思います。何度も書きますが、やはり「DFラインの高さがもの足りない」のです。

それはジーコの指示ということなので仕方ない面もあるのですが、宮本が言うようにあと数メートルコンパクトにすることで、バイタルエリアのリスクを小さくすることができ、中田英(小野も同じです)の動きがさらに有効になるのではと考えています。そしてそれが、先に書いた「相手の良さを消す」ことにつながる第1歩なのだと。


【終わりに】

昨日は中村選手に少し厳しい言葉を並べましたが、自分のベースにあるのは上のような考え方です。もちろん戦術は万能ではありませんし、試合展開、局面によってピッチ上の選手に要求される動きの質も違ってくるので選手は自ら考えて動かなければなりません。

しかし何らかの基本戦術となるものを軸足に据えて、今後の1年間でその成熟を図っていかなければ、個の強さだけ磨いても強くなる余地は限られるでしょう。本来は監督であるジーコが決めるべきことなのですが、どうもそれまでも選手の自主性に任せている様な気がしてならないので、こんな形でここに残しておこうと思いました。

ジーコが率いる代表はコンフェデの舞台で世界と戦い、少なくとも本番で対戦する国には嫌な相手という印象を与えることに成功したと思います。しかし各国の真剣勝負の度合いはWC本番と比べるべくもありません。少々厳しい言い方になりますが、世界レベル体験ツアーに参加しただけなのかもしれません。

もちろん本番まで真剣勝負の機会は訪れないのですが、この1年はより多くの国と親善試合を行って、少しでも経験値を高めて欲しいと思うのです。それがJリーグを活性化し、きっと将来の日本のサッカーにプラスになると思うから。